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東京地方裁判所 昭和59年(ワ)10944号 判決

原告

田中昭二

右訴訟代理人弁護士

小野淳彦

被告

三和交通株式会社

右代表者代表取締役

太田國男

被告

佐藤俊一

右両名訴訟代理人弁護士

古屋俊雄

主文

一  被告らは、各自、原告に対し、六五七万〇一八一円及びこれに対する昭和五八年一一月九日から支払ずみまで年五分の割合による金員を支払え。

二  原告のその余の請求をいずれも棄却する。

三  訴訟費用は、これを三分し、その一を被告らの、その余を原告の、各負担とする。

四  この判決は、主文第一項に限り、仮に執行することができる。

事実

第一  当事者の求めた裁判

一  請求の趣旨

1  被告らは、各自、原告に対し、二三九六万〇六六七円及びこれに対する昭和五八年一一月九日から支払ずみまで年五分の割合による金員を支払え。

2  訴訟費用は被告らの連帯負担とする。

3  第1項につき仮執行宣言

二  請求の趣旨に対する答弁

1  原告の請求を棄却する。

2  訴訟費用は原告の負担とする。

第二  当事者の主張

一  請求原因

1  事故の発生

(一) 日  時 昭和五八年一一月九日午後一〇時五〇分ころ

(二) 場  所 東京都新宿区新宿一丁目三三番一五号先路上(以下「本件事故現場」という。)

(三) 加害車両 普通乗用自動車(足立五五を四六〇三号)

右運転者 被告佐藤俊一(以下「被告佐藤」という。)

右保有者 被告三和交通株式会社(以下「被告会社」という。)

(四) 被害車両 自動二輪車(品川る一〇二八号)

右運転者 原告

(五) 態  様 原告は、被害車両を運転して、雨で路面が湿潤した片側三車線の本件事故現場の道路(以下「本件道路」という。)の第二車線左側を、市ヶ谷方面から新宿方面に向かつて進行中、右前方約一〇メートルの第二車線を同一方向に時速約五〇キロメートルの速度で走行していた加害車両が、本件事故現場のすぐ手前にある交差点(以下「本件交差点」という。)内で、第一車線に進路を変更したうえ、被害車両の直前の道路左側に停車したため、加害車両との衝突を避けるべく、急制動の措置を採りつつハンドル操作をしたものの、スリップをして進行方向右側に横転し、加害車両の後部に衝突した(右事故を、以下「本件事故」という。)。

2  責任原因

(一) 被告会社の責任

(1) 被告会社は、加害車両を保有し、これを自己のため運行の用に供していた者であるから、自動車損害賠償保障法(以下「自賠法」という。)第三条の規定に基づき、本件事故によつて生じた損害を賠償すべき責任がある。

(2) 本件事故は、被告会社の被用者である被告佐藤が、その事業の執行につき、後記過失によつて発生させたものであるから、被告会社は、民法第七一五条の規定に基づき、本件事故によつて生じた損害を賠償すべき責任がある。

(二) 被告佐藤の責任

被告佐藤は、加害車両の進路を変更して道路左端に停車させるにあたり、あらかじめ車線変更の合図を出すとともに、後続車両の有無を確認して、後続車両の進路を妨害しないように運転すべき注意義務があるのに、右注意義務を怠り、車線変更の合図を出さず、後続車両の有無も確認しないまま、急激に減速し、車線を変更して停車させた過失により本件事故を発生させたものであるから、民法第七〇九条の規定に基づき、本件事故によつて生じた損害を賠償すべき責任がある。

3  原告の傷害、治療経過及び後遺障害

原告は、本件事故により、脾臓破裂、右下腿及び右膝擦過傷並びに右肩鎖関節脱臼の傷害を負い、事故当日である昭和五八年一一月九日から同月二六日まで春山外科病院に入院して脾臓摘出の手術を受け、同月二七日から昭和五九年四月九日までの間に実日数二一日同病院に通院して治療を受けたが、同日症状固定の診断を受け、脾臓喪失の後遺障害により、常に疲れ易く疲労が著しい状態となり、右後遺障害につき、自動車損害賠償責任保険(以下「自賠責保険」という。)の査定により自賠法施行令第二条別表後遺障害別等級表(以下「障害等級表」という。)第八級に該当する旨の認定を受けた。

4  損害

(一) 治療費 九〇万二六六四円

原告は、前記傷害に対する治療費として、九〇万二六六四円を要した。

(二) 入院雑費 一万八〇〇〇円

原告は、前記の一八日間の入院中、一日当たり一〇〇〇円を下らない雑費を支出した。

(三) 通院交通費 三万三六〇〇円

原告は、前記の二一回の通院の際、タクシーを利用し、その一往復につき一六〇〇円を支出した。

(四) 逸失利益 二三七四万七七五四円

原告は、昭和三二年二月三日生れの男子で、本件事故当時満二六歳であり、ミリオン出版株式会社に雑誌編集者として勤務して年額二四三万五〇〇〇円の収入を得ていたから、本件事故で受傷しなければ、満六七歳までの四一年間正常に稼働し、その間、将来の昇給をも勘案すると、昭和五八年賃金センサス第一巻第一表、産業計、企業規模計、男子労働者、学歴計、全年齢平均給与額である年額三九二万三三〇〇円を下らない金額の収入を得られたはずであるところ、前記後遺障害により、右勤務先における雑誌の取材、編集活動に支障を来たし、将来の昇進にも影響を及ぼすなど、その労働能力を三五パーセント喪失したから、右平均給与額を基礎とし、ライプニッツ式計算法により年五分の割合による中間利息を控除して、原告の逸失利益の現価を算定すると、次の計算式のとおり、その合計額は二三七四万七七五四円となる。

392万3300×0.35×17.2943=2374万7754

(五) 慰藉料 七〇〇万円

前記の原告の傷害の部位、程度、入通院の期間、実日数、後遺障害の内容、程度等を総合すると、原告の傷害に対する慰藉料としては一〇〇万円、後遺障害に対する慰藉料としては六〇〇万円がそれぞれ相当である。

(六) 損害のてん補 七九一万二四六四円

原告は、前記損害に対するてん補として、自賠責保険から七九一万二四六四円の支払を受けた。

(七) 弁護士費用 二三七万円

原告は、被告らから損害額の任意の弁済を受けられないため、弁護士である原告訴訟代理人に本訴の提起と追行を委任し、その報酬を支払う旨約したが、右弁護士費用としては二三七万円が相当である。

5  結論

よつて、原告は、被告ら各自に対し、本件事故に基づく損害賠償として、前記損害額二六一五万九五五四円の内二三九六万〇六六七円及びこれに対する本件事故発生の日である昭和五八年一一月九日から支払ずみまで民法所定年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。

二  請求原因に対する認否

1  請求原因1のうち、(一)ないし(四)の各事実及び(五)のうち原告が被害車両を運転して、雨で路面が湿潤した片側三車線の本件道路を市ヶ谷方面から新宿方面に向かつて進行中、本件道路の第二車線を同一方向に時速約五〇キロメートルの速度で走行していた加害車両が第一車線に進路を変更したこと、被害車両がスリップをして横転し、加害車両の後部に衝突したことは認めるが、被害車両が本件道路の第二車線の左側を進行していたことは不知、その余は否認する。

2(一)  同2(一)(1)のうち、被告会社が加害車両を保有し、これを自己のため運行の用に供していた者であることは認めるが、被告会社の責任は争う。

同(2)のうち、本件事故が被告会社の被用者である被告佐藤がその事業の執行中に発生したものであることは認めるが、その余は否認し、被告会社の責任は争う。

(二)  同(二)の事実は否認し、被告佐藤の責任は争う。

3  同3の事実中、原告が春山外科病院で脾臓摘出の手術を受けたことは認めるが、その余は不知。

4  同4のうち、(一)及び(六)の事実は認めるが、その余はいずれも不知ないし争う。

5  同5の主張は争う。

三  抗弁(免責)

1  被告佐藤は、車線変更をするにあたり、本件交差点手前で左折の合図を出し、後方の安全を確認して、直後には後続車両がないことを確かめたうえ、減速して徐々に車線を変更し、後続車両の進路を妨害しない場所で停車したのであるから、何ら過失がない。

2  本件事故は、被害車両と加害車両との車間距離が十分開いていたにもかかわらず、原告が、その前方不注視により加害車両の発見が後れ、急ブレーキをかけたうえ誤つたハンドル操作をしたため、路面がスリップし易い状況にあつたことも加わつて転倒し、発生したものであつて、原告の一方的な過失による事故である。

3  本件事故当時、加害車両には構造上の欠陥も機能の障害もなかつた。

4  したがつて、被告会社は、自賠法第三条但書の規定により免責される。

四  抗弁に対する認否

抗弁事実中、3の事実は認めるが、その余は否認し、免責の主張は争う。

第三  証拠〈省略〉

理由

一請求原因1の(一)ないし(四)の各事実及び(五)のうち原告が被害車両を運転して、雨で路面が湿潤した片側三車線の本件道路を市ヶ谷方面から新宿方面に向かつて進行中、本件道路の第二車線を同一方向に時速約五〇キロメートルの速度で走行していた加害車両が第一車線に進路を変更したこと、被害車両がスリップをして横転し、加害車両の後部に衝突したことは、いずれも当事者間に争いがない。

二そこで、本件事故の状況及び被告らの責任について判断する。

1  前記の争いのない事実に、〈証拠〉を総合すれば、以下の事実が認められる。

(一)  本件道路は、市ヶ谷方面(東方)から新宿方面(西方)に通じる通称靖国通りであり、総幅員約三二・七メートル、車道幅員約二二・三メートル、片側三車線の道路で、南側に幅約六・二メートルの北側に幅約四・二メートルの各歩道が設置されており、加害車両及び被害車両が走行していた市ヶ谷方面から新宿方面に向かう車線(以下「本件車線」という。)は歩道側から第一車線が約四・五メートル、第二車線が約三・七メートル、第三車線が約三・〇メートルに区分されている。本件道路は、アスファルトによつて舗装された平坦な道路で、最高速度が時速四〇キロメートルに規制され、本件事故現場付近は直線で見通しは良好であり、街路燈が設置されているため夜間でも明るいが、本件事故当時は降雨後のため路面が湿潤していた。

(二)  本件交差点は、本件道路から北方に向かう幅員約三・八メートルの側道及び本件道路から南方に向かう幅員約八・〇メートルの側道と本件道路とが交差する信号機によつて交通整理が行われている交差点であり、本件交差点の西側(新宿方面)には歩行者用信号機が設置された幅約五・六五メートルの横断歩道(以下「本件横断歩道」という。)があり、本件車線の本件交差点手前にある停止線(以下「本件停止線」という。)から右横断歩道までの距離は約一八・六メートルである。

(三)  被告佐藤は、タクシーである加害車両を運転して、本件車線の第二車線を市ヶ谷方面から新宿方面に向かつて時速約五〇キロメートルで進行中、本件停止線の手前約六・九メートルの地点で、本件横断歩道の南側の歩道上に佇立している斉藤育夫を認め、同人がタクシー待ちをしているものと誤信して、同人を乗車させるべく、約三・一メートル走行した地点で減速を開始し、次いで左折の合図をせず、約一〇メートル後方を進行中の被害車両に気付かないまま、本件横断歩道手前約五・八メートルの地点でハンドルを左に切つて第一車線に進路を変更し、さらに本件横断歩道を通過して加害車両後部が本件横断歩道と約三・四メートル離れた地点の道路左端に加害車両を停車させたが、その直後、加害車両後部中央バンパー下部付近に横転して滑走した状態の被害車両が衝突した。

(四)  原告は、被害車両を運転し、加害車両の約一〇メートル後方の第二車線の左端付近を加害車両と同一方向に向かつて時速約五五キロメートルで進行中、加害車両が本件停止線を越えた付近で左折の合図をしないまま左側に寄つてきたため、左側に回避すべく車体をやや左に傾け、被害車両の進路を左に向けて軽く制動をかけたが、加害車両が本件横断歩道直前で制動措置を採つたため、進路を塞がれて衝突の危険を感じ、本件交差点の中央付近で急制動の措置を講じると共に、反射的に右に車体を傾けたものの、本件横断歩道上付近で右側に横転して滑走し、停止直後の加害車両の後部中央バンパー下部付近に衝突した。

(五)  加害車両の運転席から左側サイドミラーによつて左後方を確認した場合、左後方の自動二輪車の前照燈が上向きのときは約三九・九メートル以内、前照燈が下向きのときは約二三・九メートル以内の自動二輪車の存在をそれぞれ視認することが可能である。

2  右認定に対し、斉藤育夫の本件事故の目撃状況を記載した書面である前掲甲第四号証及び証人斉藤育夫の証言中には、斉藤育夫が本件横断歩道の南側歩道上で信号待ちのため佇立していたところ、本件車線の第二車線の中央線寄りを進行してきた加害車両が本件停止線付近で進路を左に変更して自己の方に近づいてきたので、乗車意思のないことを示すため、視線を対面の歩行者用信号機に移し、次いで視線を右方に移したところ、位置関係は明確でないが、およそ本件停止線付近を被害車両が既に安定を失つた状態で走行してきて横転し、加害車両の後部に衝突した旨の供述部分があり、また、四谷警察署の警察官において、昭和五九年四月一一日に斉藤育夫を立会させたうえ行つた実況見分の結果を記載した書面である乙第一号証の五には、斉藤育夫において加害車両が本件停止線付近から本件横断歩道に差しかかるまで目で追い、次いで視線を対面の歩行者用信号機に移し、さらに右方に視線を移して本件停止線付近を進行してくる被害車両を発見するまでの動作を行い、これに要する時間を警察官においてストップ・ウオッチで計測する実験を行つたところ、一〇回の実験の平均値は約四・九秒であつた旨の記載がある。

しかしながら、〈証拠〉によれば、斉藤育夫は、加害車両が本件横断歩道に差しかかるまで同車に視線を向けていたものではなく、同車が本件停止線付近で進路変更を開始し自己の方へ近づいてきたのを認めたのち、直ちに視線を対面の歩行者用信号機に移し、加害車両が本件横断歩道に差しかかる付近の状況については、対面の歩行者用信号機に視線を向けている間に、視野の一隅で捉えているにすぎないものと認められる(右認定を覆すに足りる証拠はない。)から、実際に斉藤育夫が加害車両が進路変更するのを認めてから被害車両を発見するまでの時間は、右の実験結果よりも相当に短いことが考えられるのみならず、斉藤育夫が被害車両を発見した際の被害車両の位置や同人が対面の歩行者用信号機に視線を向けていた時間も必ずしも明確でないことに加えて、証人斉藤育夫の証言によれば、他方では加害車両が急に進路を変更したことが本件事故発生の原因であると直感していることが認められる(右認定に反する証拠はない。)ことを勘案すると、右の実験結果及び前示の斉藤育夫の供述部分をもつてしては、前示の認定を左右するに足りないものというべきである。

また、〈証拠〉によれば、被告代理人から本件事故態様についての鑑定を依頼された荒居茂夫は、加害車両の制動前の速度を時速約五〇キロメートル、被害車両の制動前の速度を時速約五五キロメートルとしたうえ、斉藤育夫が加害車両を本件停止線付近に発見してから被害車両を本件停止線付近に発見するまでの時間が前記の実験結果に従い約四・九秒であつたとすると、加害車両が本件停止線付近に到達した時点における被害車両との車間距離は約七五メートルであつたと判断し、また、被害車両の衝突時における速度について、自動車の衝突時に乗員がダッシュボード等に衝突して被る負傷の程度と衝突速度に関する資料と対比して、脾臓破裂の傷害を被つた原告の加害車両への衝突速度を時速約二五キロメートルと推定し、さらに、加害車両が全制動ではなく、やや強めの制動措置を採つたに過ぎないものと推定したうえ、加害車両の停止とほぼ同時に被害車両が衝突した場合、衝突時から両車の車間距離を逆算すると、加害車両が本件停止線付近に到達した時点における被害車両との車間距離は約四〇メートルであつたと判断していることが認められるが、斉藤育夫が加害車両を本件停止線付近に発見してから被害車両を本件停止線付近に発見するまでの時間を前記の実験結果に従い約四・九秒と認めるのが相当でないことは前示のとおりであるし、自動車の衝突時に乗員がダッシュボード等に衝突して被る負傷の程度と衝突速度に関する資料が、自動二輪車の乗員が自動二輪車と共に転倒して滑走し自動車の後部バンパー付近に衝突した本件事故にそのまま妥当するものと解すべき根拠も見出し難いのみならず、一般にタコグラフチャートからは減速過程の詳細を判定することは困難であることなどからみて、加害車両が全制動あるいは急制動の措置をとつた可能性も否定しえないこと等を勘案すると、右の荒居茂夫の推定判断を直ちに採用することはできないものというべきである。

さらに、被告佐藤本人尋問の結果中には、左折の合図を出したうえ減速して車線変更を開始し、また、加害車両を停止させたのち、サイドプレーキをかけるなどして五秒以上経過してから被害車両が衝突してきた旨の供述部分があるが、証人斉藤育夫の証言によれば、斉藤育夫は加害車両の左折の合図を現認していないうえ、平坦な本件道路において客を乗せるための停車時にサイドブレーキをかけることも不自然の感を免れ難いところであつて、右供述部分はたやすく採用することはできず、その他前記認定を覆すに足りる確実な証拠はない。

3  前記認定事実によれば、被告佐藤は、車線変更をして加害車両を道路左端に停車させるにあたり、あらかじめ車線変更の合図を出すとともに、後続車両の有無を確認し、後続車両の進路を妨害しないように運転すべき注意義務があるのに、右注意義務を怠り、進路変更の合図を出さず、後続車両の有無も確認しないまま、車線を変更して停車させた過失により本件事故を発生させたことが認められるから、同被告には、民法第七〇九条の規定に基づき、本件事故によつて生じた損害を賠償すべき責任があるものというべきである。

また、被告会社が加害車両を保有し、これを自己のため運行の用に供していた者であることは当事者間に争いがないところ、加害車両の運転者である被告佐藤に過失がなかつたとは認められないことは前示のとおりであるから、被告会社の免責の抗弁は理由がなく、被告会社には、自賠法第三条の規定に基づき、本件事故によつて生じた損害を賠償すべき責任があるものというべきである。

三次に、原告の傷害、治療経過及び後遺障害について判断する。

原告が春山外科病院で脾臓摘出の手術を受けたことは当事者間に争いがなく、〈証拠〉によれば、原告は、本件事故により、脾臓破裂、左下腿及び右膝擦過傷並びに右肩鎖関節脱臼の傷害を負い、事故当日である昭和五八年一一月九日から同月二六日まで春山外科病院に入院して脾臓摘出の手術を受け、同月二七日から昭和五九年四月九日までの間に実日数二一日同病院に通院して治療を受けたが、同日症状固定の診断を受け、脾臓喪失の後遺障害により、常に疲れ易く疲労が著しい状態となり、右後遺障害につき、自賠責保険の査定により障害等級表第八級に該当する旨の認定を受けたことが認められ、右認定を覆すに足りる証拠はない。

四進んで、損害について判断する。

1  治療費 九〇万二六六四円

原告が前記傷害に対する治療費として九〇万二六六四円を要したことは、当事者間に争いがない。

2  入院雑費 一万四四〇〇円

前示の原告の傷害の内容、程度、治療経過に弁論の全趣旨を総合すれば、原告は、前示の一八日間の入院中、一日当たり八〇〇円を下らない雑費を支出したことを推認することができ、右推認を左右するに足りる証拠はない。

3  通院交通費 三万三六〇〇円

前示の原告の傷害の内容、程度、治療経過に弁論の全趣旨を総合すれば、原告は、前示の二一回の通院の際、タクシーを利用することを余儀なくされ、その一往復につき一六〇〇円を支出したことを推認することができ、右推認を左右するに足りる証拠はない。

4  逸失利益 一〇四〇万二六四三円

〈証拠〉によれば、原告は、昭和三二年二月三日生れの男子で、昭和五四年三月日本大学芸術学部写真学科を卒業後、一時写真関係の会社に入社したものの、昭和五五年からミリオン出版株式会社に雑誌編集者として勤務するようになり、本件事故当時同会社から年額二四二万五〇〇〇円の収入を得ていたことが認められ、右認定に反する証拠はない。右の事実によれば、原告は、本件事故で受傷しなければ、症状固定時の満二七歳から満六七歳までの四〇年間正常に稼働し、その間、右収入額を下らない金額の収入を得られたものと推認することができ、右推認を左右するに足りる証拠はない。

そして、〈証拠〉によれば、脾臓は、生命の維持に不可欠の臓器ではなく、特に成人の場合、脾臓を摘出してもその機能が他の臓器によつて代替され、人体に著しい影響は生じない一面があるものの、他方、脾臓には、老化したあるいは異常な赤血球の処理、鉄や血小板の貯蔵、異物の摂取、血量の調節、骨髄の造血機能の抑制、免疫反応に関与するリンパ球の産生による生体の防御等の機能があり、これを摘出することによつて、一過性の血小板の増加、白血球の増加、赤血球内の空胞などの血液の変化を生じ、また、脾臓摘出後、骨髄や肝臓が異常な赤血球を処理する機能を代行するが、これらは脾臓に比較して異常を見分ける能力が鈍感であることが認められ、右認定を左右するに足りる証拠はなく、これに、脾臓を失つた場合は、障害等級表において第八級一一号に該当するものとされ、その労働能力喪失率が四五パーセントとして取り扱われていること(労働基準局長通牒昭和三二年七月二日基発第五五一号参照)に加えて、〈証拠〉によれば、原告は、脾臓を喪失したことにより体重が若干減少したほか、疲労し易い状態となり、徹夜の編集作業や出張による撮影作業が満足にできずに勤務先における雑誌の取材、編集活動に支障を被つていると認められること(右認定を覆すに足りる証拠はない。)を総合勘案すると、原告は、右後遺障害により、稼働可能全期間にわたりその労働能力の二五パーセントを喪失したものと認めるのが相当である。

よつて、右収入額を基礎とし、ライプニッツ式計算法により年五分の割合による中間利息を控除して、原告の逸失利益の現価を算定すると、次の計算式のとおり、その合計額は一〇四〇万二六四三円(一円未満切捨)となる。

242万5000×0.25×17.159=1040万2643

5  慰藉料 六〇〇万円

前示の原告の傷害の部位、程度、入通院の期間、実日数、後遺障害の内容、程度等を総合すると、原告の傷害及び後遺障害に対する慰藉料としては六〇〇万円をもつて相当と認める。

6  過失相殺

前示の本件事故の状況によれば、原告は、自動二輪車である被害車両を運転して、降雨後の路面が湿潤した本件道路を進行するにあたり、先行車両である加害車両の動静を注視し、同車との車間距離を十分に保つて進行すべき注意義務があるのに、右注意義務を怠り、漫然と時速約五五キロメートルの速度で加害車両の後方約一〇メートルの地点を進行した過失があり、本件事故は、原告の右過失も一因となつて発生したものと認めることができ、右認定を左右するに足りる証拠はない。

そして、被告佐藤の前示の過失と原告の右過失とを対比すると、原告には、本件事故の発生につき、二割の過失があるものと認めるのが相当である。

よつて、前示の原告の損害額の合計一七三五万三三〇七円から過失相殺として二割を控除すると、残額は一三八八万二六四五円(一円未満切捨)となる。

7  損害のてん補 七九一万二四六四円

原告が本件事故による損害に対するてん補として自賠責保険から七九一万二四六四円の支払を受けたことは、当事者間に争いがないから、右損害額からこれを控除すると、残額は五九七万〇一八一円となる。

8  弁護士費用 六〇万円

弁論の全趣旨によれば、原告は、被告らから損害額の任意の弁済を受けられないため、弁護士である原告訴訟代理人に本訴の提起と追行を委任し、その報酬を支払う旨約したことが認められるところ、本件事案の難易、審理経過、前示認容額等本件において認められる諸般の事情を考慮すると、本件事故と相当因果関係のある弁護士費用としては六〇万円をもつて相当と認める。

五以上によれば、原告の被告らに対する本訴請求は、本件事故による損害賠償として、被告ら各自に対し、六五七万〇一八一円及びこれに対する本件事故発生の日である昭和五八年一一月九日から支払ずみまで民法所定年五分の割合による遅延損害金の支払を求める限度で理由があるから、右限度でこれを認容し、その余はいずれも理由がないから棄却することとし、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八九条、第九二条、第九三条を、仮執行の宣言につき同法第一九六条を、それぞれ適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官塩崎勤 裁判官小林和明 裁判官比佐和枝)

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